蒼の月、金の月
小川七生
蒼の月、金の月
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自分の体が自分の体でないような…。満腹なのか空腹なのか、最早、ものを食べたかも記憶がボンヤリしている、この感覚はきっとこの後の時間への緊張のせいだ。宿の外の大きな植木鉢にちょこんと座り、大きな大きな月を見つめるフィー。キラキラ綺麗なお月様…いいなぁ、堂々としてて、大きくて、輝いてて…とっても綺麗。いつも見えるのに酷く遠い。私だけに輝いてる気がするけど、他の人も月を見上げて指を指している…ああそうか…皆のために輝いてるんだ…こんなに愛おしく見上げてても…みんな平等に光を届けてるんだ…チクリ痛い胸。
「…美しいですな。キリエも世界樹のお陰で空は綺麗なんですが…南の島の月もまた趣がある…」
ひゃっ!フィーは小さく飛び上がった。惚けていたせいで、みりんの存在に気づかなかった。
「いいですな、フィー殿の瞳も髪も羽も…穏やかな月光にも光を返すんですね。弱い光源でもちゃんと拾い上げてキラキラ輝くなんて…本当にゲヘナの妖精や精霊のよう…同じ亜人なのに、その美しさと神秘性は羨ましい限りですよ」
「そ、そんな!私は…力強いドラゴンの美しさとしなやかさ…威厳とか…ドラコン族は亜人の中でも人数の少ない種族だから…すごく憧れます。それに…種族とは関係なく、綺麗でカッコよくて、素敵なみりんさんが…心から羨ましい…」
お互いを称え合う本音。笑顔で話せる内容なのに…みりんも自分を褒めてくれてるのに…みりんへの憧れを吐き出す度に不思議と胸がつまり、目頭が熱い。なんだか泣きそうだ…フィーは堪らず俯いた。天空の月を地面に這いつくばって見ているちっぽけな自分…大好きな人なのに…隣に居るのが酷く辛い。私も月ならば、せめて隣で輝く星なら横にいても笑ってられるのに…なんで私は単なるフェアリーなんだろう…。
ふわっ…髪を掻き上げる感触。俯くフィーのキラキラ光る髪をみりんの手がすくい上げていた。
「…まるで月光を糸にしたみたいだ…いつまでも見てられる…こんなにも美しい種族だったら…いや、フィー殿だったら…いいのにな」
ばっとみりんを見上げるフィー。真ん丸に見開いた目は遂に決壊し、ポロポロと満月の様な雫を落とした。みりんは最初は驚いたが、優しく微笑んでフィーの小さな頬を優しく撫でて雫を拭いた。
「…本当に、綺麗だ…。金色に優しい光を放っている月の様だって、フィー殿を見た時から思ってました。慈しむように光を届けてくれるのに…隣に居るようで遠いあの月の様」
語り掛けるみりんも、月光を浴びて髪や鱗が蒼く鋭く輝いている。凛とした気高い蒼い月…どんな宝石よりも美しくて、手を伸ばすけど届かない…あの月の様。伝えたいのに胸がつかえて言葉にならない。沈黙を破ってみりんは手を伸ばした。
「さ、散歩に行きましょう。夜の海を見るのも憧れだったのですよ」
夜でも暖かな風が吹き、出歩くのがとても快適である。心地良さも手伝い、海に着くまで2人は沈黙していた。砂を踏みしめる音だけが軽快に2人を包む。軽い細かな足音と、大きくゆっくりした足音が、黙る2人の代わりに会話する。最近みりんと共に行動する事が増えた。その度彼女の憧れで胸は高鳴り慌ててしまっていたが、改めて今居る時間を見つめると、凸凹のこのコンビが驚くほどに居心地が良く感じた。今でも緊張はしている…でも、横にいる彼女の影が与える安心感、もっとそばに居たい心が、緊張を軽く凌駕した。
そっとみりんの服の裾を掴む。…ああ、彼女も私と同じ気持ちを私に持っていたなんて…美しくて、羨ましくて、手が届かない…。私もよ?ねえ、同じだね…心の中で沢山話しかける。無論答えは帰ってこないが、何となく幸せな気持ちに浸るフィー。
「ああ、着いた!見てください…水面に月光が反射して…月の道が出来てる…!!私はこれが見たかったんですよ!大きな湖で見ることも出来ますが…海はまた格別ですな…!」
フィーもまた興奮した。初めて見た月の道。本当に光の道をたどったら月にたどり着くのでは?と思うほど、一直線に月へと伸びる光が、揺らめく海に輝いている。
「こ、こんな神秘的な風景が見れるなんて…ああ…波音も聞こえる…光の道…何て神々しいの…!」
「あ…あの…」
みりんは恥ずかしそうに声を潜めて言った。
「月に向かって飛んでみてくれませんか?光の道で羽ばたくフィー殿をどうしても見てみたくて…無理なら大丈夫!聞かなかった事にしてください!」
いつも堂々としたみりんが手を振り回して、顔を赤らめながら頼みを否定しだした。フィーはみりんの手を取って小さく頷くと、蜻蛉の羽を広げて月の前へ舞踊った。月光を体いっぱいに浴びてぼんやりと光る髪、角度により虹色に煌めく羽、大きな瞳…みりんはその風景に息を飲んだ。光の道に月の妖精が舞い降りたかのような…それは彼女の期待を遥かに超えた美しさだった。
「ありがとうございます…!もう、なんと言っていいか…私はあの風景を一生忘れません!」
胸に手を当て、顔を輝かせるみりん。フィーを心から尊敬する眼差しで見つめている。最初は嬉しそうに笑っていたフィーだったが、大好きな彼女の心に一生刻まれると思うと、どんどん胸が高鳴った。
「私も…!2人で見た海の事、みりんさんと泳いだこの日を一生忘れません…!」
みりんもまた顔を赤くして微笑んだ。ふわり二人の間に暖かな風が吹いた。2人の口が微かに動く。
「…貴女が大好きです…」
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月の下、互いの想いを知りました。
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